おひさしぶりです。 気がつけば、随分と時間が経ってしまいました。 だんまり決め込むつもりだったわけではないけれど、表に書けないような悩みやら仕事が忙しかったやらで、すっかり疎遠になってしまっていました。 でも、その間も元気でしたよ! 悩んでいることも、少しずつ前へと進んでいる感じです。 昨日はあきらの月命日だったのでお墓参りにいってきました。 残暑の中の公園墓地はやっぱり結構暑くて、墓石に水をかけている時、なんとなく極普通の親子のようにあきらにビニールプールで遊ばせているような、そんな気持ちになりました。 …なんて書くと、本当に暗い立ち直れてない人みたいだけど、うーん、なんて表現したら良いのかわからないけれど、それが今の私にとっては極自然で、寂しいとか悲しいとかそういうのじゃないんです。 ただ、あぁ、気持ち良さそうに遊んでるな、今、笑ってるな、ってそう感じるんです。 ある意味、不思議ちゃん発言、かな。(苦笑) 時間が経てば経つほど、あの子のことは思い出になって、薄れていくのだと思っていたのに、そうでもないみたい。 むしろ、おなかにいた頃よりも今の方がふとした瞬間に存在を主張してるような、そんな感じです。 不思議、でしょう?(笑) なぜか、ずっと右肩の上にあの子がいるような気分なんです。 だから、夕飯の支度をしている時には極当り前のように「何が食べたい?」と訊き、きれいな空にあったら「随分綺麗にお絵かきしたねー」と褒め、めーさんが暑そうにうだってると「今日も暑そうだねぇ」と一緒に笑い… 落ち込んだり途方にくれた時には、「大丈夫?大丈夫?」って声が聞こえる。 それが、気がついたら当り前になってしまったんです。 そして、それって私だけじゃないらしくて、旦那にもあるみたいなんです。 今日、たまたまあれこれあって職場でそんな話を上司にすることがあって… 以前義母さんが写真の二人の間に光が写ってたよ!なんて事を教えてくれた事と合わせて話したら、「そういうの、本当にあるらしいよ~。」と自分の義理の妹さんの体験談を聞かせてくれました。 曰く、妹さんは旦那さんを交通事故でなくしてしまっているのだけど、写真をとると必ず一緒に光の珠が写る、そんな話をした事もない人から「いつも旦那さん一緒にいるのね」って指摘されたことがある、んだそうです。 正直、私は宗教も何も大して信じてなくて、都合がいいときのみの神頼みなんて有様だけど… なんでだろう、そういうのだけは実体験に基づいてしまったせいか嘘だと思えそうにありません。 人一倍涙もろい私は、今でもあきらの事を話すと時々ぽろぽろと涙が出てしまいます。 でも、確かに悲しくてやるせなくて辛くて申し訳なくてしかたなかったけれども、今は辛い涙じゃなくなってるんですよね。 今も、「お母さん頑張って!」ってあきらが右肩の上で見ている。 だから、もっともっと頑張らなきゃ!!って、あの悲しい日の前よりずっと真剣に生きれるようになった気がするんです。 相変わらず、プライベートも仕事も、あー、もういやっ!!ってことも多いけど、頑張らなきゃ、ね。 もう一度あの子に出会いなおせるように。 PR 忍者ブログ | [PR]
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